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NARUTO 暁マント 堂々完成!!

かねてからサクちゃんにせがまれていた、
NARUTOの暁(あかつき) マントがやっと完成しました。

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長かった・・・。

いつもの「適当洋裁」で仕上げるつもりが、

なんとなくなまじっか洋裁を勉強中なだけに中途半端なことができなくなり・・・。

本を見ながら独学で原型パターンから作ってみたものの、

どこかで計算を間違えたのか、なんか違う。

やりなおすのも面倒なので、違う部分は適当洋裁でやっちゃおうと思ったのが大間違い。

変にこだわる、変に適当、自分の中でもどっちつかずでけっこう悩みまくりました。

適当なら最後まで適当。

ちゃんとやるなら最後までちゃんと。

そうしないと人は悩むのだなあ~と思いましたよ。


だけど、サクちゃんの卒園が迫り、
(あ、卒園式は無事終了しました~。私、泣きまくり。)

卒園式で歌う歌のなかに、

♪ちいさな赤ちゃんだったのに~♪

という歌詞があり、その歌詞からずっと、もう涙止まらず・・・・。

サクちゃん、私のサクちゃん・・・あんなに小さくて、お母さんにぴったりくっついていて、保育園に預け始めた頃は一日中泣いていたのに・・・。

お迎えに行ったら飛びついてきたのに・・・。

今ではお友達と遊ぶのが楽しくて、私がお迎えに行ったら、
「え~、もう来たん~」と露骨にいやがるほどにまで成長したよねえ・・・。


はっ。

ついつい。

え~と、何だっけ。

そうそう!暁マント!

そう、卒園後、最後の保護者&子供たちのお楽しみ会。

保育園ではポケモン&仮面ライダー(※)が主流なので、ナルトは少数派。

その数少ないナル友と、小学校が離れてしまうため、
この懇親会が、暁マント披露の最後のチャンスだったというわけ。

(※仮面ライダー・・・最近、もう卒業したはずだった仮面ライダーがやや復活気味。
今年度の仮面ライダーディケイドは、ディケイドという名前があらわすように、
この10年間の仮面ライダーがもう一度出てきたりする。
さらにはそれと連動して、ガンバライドカードっていうのがあって、カード好きの男子たちはまた仮面ライダーのとりこになっているのである。やるなあ、仮面ライダー)


(そうそう、仮面ライダーといえば、「メイちゃんの執事」では元仮面ライダーカブト(水嶋ヒロ様)より元仮面ライダー電王(佐藤健くん)の方がかっこよかったような気がしません?)


ああ、また脱線。

そう、ええと、暁マント披露の最後のチャンスにあわせ、夜な夜なミシンを走らせ、
や~っと完成したのであります。

ではその完成した暁マントをとくとご覧くださいませ~!!!


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全体像。
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バックスタイル。

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暁のマークはフェルトで。

裏地は赤のサテンでございます。
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比翼仕立ての前たて部分は、原作を忠実に再現した赤のパイピング仕様。

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袖はやや裾にかけて拡がるベルスリーブ。


・・・あのう・・・、やりすぎですか、私?



小学校はいったら、もうこんなの着てくれないかもな~。

春休み中にいっぱい着せとこうっと♪

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NARUTO「暁」風 Tシャツ 作りました。

NARUTO「暁」風 Tシャツ 作りました。

サクちゃん(と旦那が)大好きなナルト。

その敵であるイケメン集団(?)「暁」をイメージしたTシャツを作りました。

暁の人々はみな、このように、赤い雲の紋の入った黒マントで行動します。

Akatsukis

Itachi ←サクちゃんの好きな「イタチ」

↑このマントを作ってくれとサクちゃんに言われているのですが、

昔はイキオイで作れてたのに、

リメイクスクールに通う今では、裏地の処理やパターンが気になって、

原型パターンから作ったので、納期大幅に遅れています。

(ごめん!サクちゃん!)

で、急場しのぎに、Tシャツ作りました。

白い布に布製の塗料で赤い雲を描きました。

Photo

なかなか和風でかっこよくなりました。

それを大胆に、

黒Tシャツに縫い付けるだけ!

Photo_2

Photo_3

カッコイイ暁Tシャツの出来上がり!

Photo_4

Photo_5 ←バックスタイル。

Photo_6

さすがに通園には着ませんが、

週末は必ず着てくれています。


NARUTOをしらない人にも和風でカッコイイと評判がいいです。

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サクちゃん、とりあえずこれを着て・・・。

暁マント、もう少し待っててね!

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さようなら、私のおじいちゃん

きょうは少しだけ、私のおじいちゃんの思い出話に付き合ってくださいますか?

Ojiicyann1 ←おじいちゃんと私

おじいちゃん、88歳でした。

働き者で、頭が良くて、手先が器用で、でも頑固で、厳しくて、
仕事に美学を持った人だったと思います。

数年前から認知症でしたが、
介護施設でも看護士をしている母が最期まで看取ってくれて、
ひ孫もいて、大往生だったと思います。

年末には私たちが会いにいったし、

その日は弟家族が会いに行き、二人のひ孫を見せて、
弟たちが帰ったそのすぐ後に亡くなったそうです。

ひ孫を全員見てからおじいちゃんはいきました。




サクちゃんにそのことを話すと、明らかにショックを受けていました。

サクちゃん:「こないだ僕と手を繋いでくれたおじいちゃん・・・?」

私:「うん」

サクちゃん:「・・・・・・・・・・・」

私:「お母さんのじいじだよ。だからさみしいよ」


サクちゃん:「お母さんのじいじが死んじゃうってことは、いつかは僕のじいじも・・・・・」

サクちゃん、こっそり私から離れて、つぶやいていました。

サクちゃん:「ちょっとしか会ったことないのにこんなに悲しいなんて・・・・




だから説明しました。

ひいおじいちゃん、おじいちゃん、おとうさん、おかあさん、それからサクちゃん。
命がず~っと繋がっていること。


そう・・・。

命が繋がるといえば・・・。

おじいちゃんは、戦時中、志願兵としてサイパンへ赴きました。

乗っていた戦闘機が海に不時着し、おじいちゃんはなんと海を泳いで島までたどり着いて生き延び、さらにたどり着いた島では米軍の捕虜になるも、無事に開放されて帰還することができたのです。

おじいちゃんがあの時、泳いで助かってくれなければ、捕虜になってから開放されなければ・・・何かの加減が違っていたら・・・。

おとうさんは生まれてこず、私も生まれず、サクちゃんや姫りんごもこの世には存在しなかったことになるのです。

命のつながりの奇跡を感じます。

そこまでは説明しませんでしたが、サクちゃんは私の言葉を自分なりに解釈したようでした。

サクちゃん:「悲しいけど・・・心がつながってるってことだよね」

心・・・!

そう、命と心でつながっているということだよ。



おじいちゃんは、サクちゃんが初めてハイハイした時、一緒にいたんだよ。
ハイハイしたところを見てくれたんだよ。



昔の人で、不器用で頑固な人だったから、
あんまり表立って可愛がられた記憶はないけど・・・、
周囲の証言によると、私はかなり可愛がられていたみたい。

あれは、7年前の夏。

サクちゃんを妊娠中、
里帰りしていた私。

日課の早朝散歩以外は、いつも部屋に閉じこもっている私を見て、

すこし認知症の症状が現れ始めていたおじいちゃんは、
どうも私が病気とか何かの理由でふさぎこんでいると思ったらしいのです。

私のいた部屋に、

おじいちゃん:「これでも見て元気だせぇ!」

と、チラシと新聞を渡してくれました。

そのチラシの中に、保育園から高校までおなじだった、幼馴なじみの男の子が町内ではじめた便利屋サービスの広告チラシが入っていたんです。

へええ~、がんばってるじゃん、N君!

と、思い私は母へそのことを伝えると、あっというまにN君の母に伝わりました。
(なにせ田舎なもので何でも早く伝わる。おまけに私の母はやたらと社交的ときてる)

それを聞いたN君の母、ちょっと微妙な反応を示したというのです。

N君の母:「・・・・・・・もしかして、おじいさん、まだ覚えておられるのかしら?」

母:「?」


どうやら、こういうことらしいのです。

保育園時代、日々のおむかえはおじいちゃんの役目でした。

(これは祖母の証言ですが、ものすごく仕事熱心だったおじいちゃんですが、私をおむかえに行く10分前には、ぴたっ!と仕事をやめ、
いそいそとおむかえに行っていたそうなのです。)

ある日、保育園児だった私は、泣きながら帰ってきました。

おじいちゃんが訳を聞くと、N君にいじめられたと答えたそうです。

それを聞いたおじいちゃんは、

なんと!

N君宅に直接、抗議しに行ったというのです!!!!


!!!!

おお~・・・おじいちゃんらしくない行動!

ちょっとびっくり。


N君の母が、そこまで気にするほど覚えておられるということは、
おじいちゃんはよっぽどの剣幕で抗議に行ったに違いない・・・。

あのおじいちゃんが、孫のケンカに口を挟むとは、
それほどきっとおじいちゃんも「孫バカ」だったんだなあ・・・。

もちろん、おじいちゃんが私にチラシを渡してくれたのは、N君との因縁とはまったく関係はないと思います。

(※その後、N君には特にいじめられることもなく、高校まで一緒だったので、辞書を貸し借りしたり、女子との仲をとりもったりと、ほどよい幼馴なじみ友達関係を築きましたので、ご心配なく。)




お葬式は、ものすごく寒い日でした。

雪が降っていました。



自転車通学をしていた中学生時代の私。
雪の日も雨の日も自転車です。

余りにも雪や雨の寒い日には、

時々、おじいちゃんが軽トラックでむかえに来てくれました。
私はラッキーとばかりに自転車を軽トラの荷台に積んでもらって、帰るのです。

それをおじいちゃんはいつも、

「な~にぃ、役場に用事があったけえのお」

などと、何かのついでのように言っていたから私もそう思ってたけど、
後から考えたら、あれはあきらかにむかえに来てくれていたはず。

そうそう雪の日や雨の日を狙って役場に用事はないもんねえ。

普段は厳格キャラでいってたおじいちゃんだったから、
むかえに来たとは言わなかったんだろうなあ。

ナマイキ盛りの中学生の私、
ちゃんとおじいちゃんに「ありがとう」って言えてたかなあ・・・。



だから、

お別れの時に言いました。

「おじいちゃん、雪の日にむかえにきてくれてありがとうね」


お葬式が終わると、雪が止みました。


夫に、おじいちゃんが雪の日に車でむかえに来てくれたことを話すと、

「そら、雪も降るわな」

と言っていました。



ありがとう、おじいちゃん。



Ojiicyann2



さようなら、私のおじいちゃん。

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