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豪雪の思い出

サヨコから時折り来る雪情報メールに恐れをなし、早々に福山市から広島市へ。

広島県の地理を簡単に図示説明するとこんなかんじ。

Photo

当初の予定では、雪を想定し、本格的に雪深くなる手前の三次にて駐車場に車をとめるはずでした。

ところが、すでに広島~三次間にも積雪があり、広島市内に車を駐車してあとは電車での移動を余儀なくされました。

広島駅の近くに一泊500円の駐車場を発見し、そこに駐車して、在来線(芸備線)に。

ちょうどぴったり最後の快速に間に合いました。

電車が北上するにつれて、車窓からの眺めがいつの間にか雪景色に変わりました。
どんどん雪が増えてきます。

大きな牡丹雪がずんずんずんずん・・・。
湿気を含んだ重たい雪は、見るからに積もる気満々。

姫りんごちゃんも雪を指差して、「お! お!」
と反応しています。

サヨコメール:「今、隣のおばさんが手作りキムチを持ってきてくれたんだけど、車が雪に突っ込んで、ブルトーザーに来てもらって引っ張りあげてもらっとるんよ」

・・・・どんな実況中継よ・・・。



サヨコが車で帰省するのを心配してちょくちょくメールをくれたのは、
やはり雪のこわさを知っているからこそ。

チェーンやスノータイヤなしでスリップする危険性はなんとなく想像がつくかもしれませんが、一晩のうちにどかっと雪が積もるこわさはなかなか想像がつかないかもしれません。

前の日までなんともないのに、朝起きたら、道路も田んぼもわからないほど雪が積もっていて、まったく身動きが取れなくなるということが冬の雪国にはよくあるのです。

除雪車が出動して道を明けてくれるまでは、車を動かすことすらできず、交通手段は遮断され、雪が降るとまさに陸の孤島になってしまいます。

Photo_3

例えばこの写真。
ここは大雪原ではなく、縦と横に二本の道があるのですが、こうなってしまうとただの平原です。

まさに雪の中の孤島なのです。

Photo_4

それにまつわる苦い思い出があります。

中学生だった当時、私はチェッカーズの大ファンでした。(当然フミヤのファン)

仲良しの友人3人と広島市内にチェッカーズのコンサートに行く日、まさに待ちに待ったその当日に、例のドカ雪が降ってしまったのです。

父親の車で友達と一緒に連れて行ってもらうつもりでしたが、雪でどうしようもありません。

「あきらめろ」という父と母。

「でも行きたい」と泣く私。

この時ばかりは私も、雪国に生まれたことをなげきました。

諦めかけたその時、同じく熱烈なフミヤファンだった友達が、なんとこの吹雪の中、歩いてこちらに向かっているという情報が入りました。

彼女のうちから私のうちまでは歩くとけっこうな距離があるというのに、
すごい根性です。

吹雪のなか、彼女は思っていたに違いありません。

ひ・・・ひとめフミヤにあいたい・・・・。

そんな彼女の情熱が通じたのか除雪車が始動しました。

父も母も引き下がれなくなり、すったもんだの末、無事にチェッカーズのコンサートに行くことができました!

長靴を履いてコンサート会場にかけつけた女の子は多分私らくらいだったはず・・・。

あんなに楽しみにしていたコンサート。

なのに今となっては、コンサートそのものよりも、その朝の雪の悔しさのほうが記憶に残っているのが不思議です。

Photo_5

そんなこともあって、もう雪ばっかりはどうしようもないので、
大晦日、元日ともに大人しく陸の孤島に閉じこもって過ごしたのでした。

そしてその間も雪はずんずん降り続け、辺りの景色は真っ白に。

Photo_7 

それでも、わずかに晴れ間を見つけて、子供たちと雪遊びをしました。

ゴーッ!!

Photo_8

吹雪の中、無理やりに遊ぶ父と子。

ちなみに、雪の中に立っている竹の棒。上にはビニールテープがついています。
これは何かと言うと、道路の場所を示す棒なのです。

こうしとかないと、道の場所がわからず、隣のおばさんのように田んぼの雪のなかにつっこんでしまうことになるのです。

(おばちゃんが命がけで持ってきてくれたキムチ、すっごく美味しかった~!ありがとう!)

Photo_9
そして新種のペンギンも雪初体験♪

よたよたとした足取りながら、果敢にも雪の上を歩いていました。強い!

Photo_10


雪は交通だけじゃなく、雪かきや屋根の雪下ろしなど大変で危険な作業もあるし、
もちろん寒いし、つららも危ないし、屋根に積もった雪の重みで戸は開かなくなるし、
積もる雪と屋根から落ちてくる雪で部屋は暗いし、何かと大変です。

Photo_11 ←ごごごご。戸も開かなくなります。

でも、私が雪を好きなのはなんでなんだろう。

いつもより冷えてシーンとした朝、窓を開けると雪が降っていたときに嬉くて飛び起きてしまうのはなんでなんだろう。

寒い中、学校に歩いて行かなくてはならないのに、雪の朝は毎回のように嬉しくて仕方なかったなあ。

いまでこそ町の小学校へはスクールバスで登校しているようですが、私達の時代は完全に徒歩登校でした。
どんなに雪が積もろうとも、雨が降ろうとも、大抵は歩いて小学校まで2キロほどの道のりを通っていました。

でもさすがに雪の日の帰り道は、寒くて、手がかじかんで、足先なんかほとんど感覚もなくなってきて、家まであともう少し、もう少しと思いながら歩いていたなあ。

帰ると、お母さんやおばあちゃんが早めにお風呂を沸かしていてくれたり、着替えの服や靴下やときどきは焼き芋なんかをこたつで温めてくれていました。

雪などで歩くのが大変だった日は、おばあちゃんが足をもんでくれました。
「ここが三里のツボ。」
なんていいながら。

中学校になっても、どんな悪天候でもたいがい自転車通学。

下校時に急に雪が降り出してきて、
ああ、自転車で帰るのは寒くていやだなあと思いながら帰っていると、

軽トラに乗ったおじいちゃんに偶然出くわし、そんなときはラッキーっと思って軽トラの荷台に自転車を乗っけてもらってうちに帰るわけですが・・・。

いつもおじいちゃんは、「わざわざ迎えに来た」のではなく、
「役場や農協に用事があったからついでに乗せて帰ってやる」というスタンスを保っていたので、私もずっとそうだと思ってきたけど・・・。

よく考えるとあれは間違いなくわざわざ迎えにきてくれていたんだろうなあ。

おじいちゃんは家の中では威厳のある昔ながらの「頑固者」で通っていたから、
いつも他に用事のあるフリをしていたのかも・・・。

そう考えると、私ってすごく家族に守られていたんだな~と思います。

他にも、朝ドカ雪が降ると、公道までの100メートルほどの私道を、私と弟が小学校に行くまでに、お祖母ちゃんやお母さんが足で雪を踏みしめて道を作ってくれていたり。

どんなに寒い雪の朝だって、起きたらおみそ汁とごはんの朝ごはんができていたし・・・。

Photo_12

お父さんはどんなにドカ雪が降っても、ショベルとお湯のはいったヤカンを手に、
まず私道の入り口にとめておいた車を雪から掘り出し、解凍してから仕事に出かけていたわけだし・・・。

昔はなんとも思ってなかったけど、今考えるとちょっとすごい。

だって、寒いから仕事や家事するのがいや~とか、親がぐちるのを一度も聞いたことが、ないから。

今の私ったら、寒い朝のお弁当日なんてだるいわ~と、ちょっと早く起きるだけでぶちぶち言ってるのに・・・。

反省反省。

Photo_2


こどもの頃の私は、雪の大変さなんてあんまり考えず、
「あ~、寒いけど綺麗だなあ」
「雪の色を絵の具で出すにはどうしたらいいんだろう」

なんてのほほんと空想の世界に遊んででいればよかった。

それもこれも・・・・自分では気づかないうちに、家族に守られていたからなんだろうなあ。

私が雪を大好きなのは、きっとそういうこともあるのかも。

ありがとう・・・・。

と、言いながら・・・



今年もしっかりと、ぬくぬくとのほほんと、
雪をいいことに実家に閉じこもって、おせちを食べて寝て過ごしたのでした!!!


あ~でもやっぱり、
雪って、寒いけど綺麗だな~!

豪雪、バンザイ!(←全然反省してないし・・・)




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いつも、書きたいことがいっぱいでついつい長文になってしまいます。
ここまで長々とお付き合いありがとうございます!
お疲れ様でしたあ!!


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コメント

うわっ!すごい雪ですね~。
札幌に暮らす私でも、こんなにスゴイのはそうそうありません。
先日、私も自分のブログに雪景色を載せましたが、完敗です。

こちらでは「ドカ雪」と言われる日でも一晩に積もるのは20cm?くらいです。
その分降る日が多いので、道路脇の雪山が大体一冬で3~5mくらいになりますが。
10年くらい前には一晩で50cm以上降り、地下鉄以外の交通が全てマヒしたことも。

広島の雪と札幌の雪。
色々比べてみたら楽しいかもしれませんね~。

投稿: ぱち | 2008年1月11日 (金) 04時04分

わお(笑)!
元フミヤファン!
またしても共通点が。

これだけ雪が積もって、目印がなんにもなくなっちゃったら、いくら慣れていても身動きが取れないでしょうねぇ。
写真で見ると「一面の雪景色。キレイ。ウットリ♪・:*:・ ( ̄* )」なのですが。
私だったらコタツの中に引きこもってしまうだろう過酷な環境の中で、愚痴ひとつ言わずに普段の生活をなさっている地元の方たち。
本当に、すごいなぁ、と思います。

投稿: ひまわり | 2008年1月11日 (金) 13時58分

広島にこんな豪雪地域があるとは知りませんでした!
生活するのは大変なのでしょうが、
見ている分には美しいですね~

そして、家族の話は感動しました。
自分が親になって、つくづく親のありがたみを感じますよね。
そして確実に今の自分は親よりズボラだなーと思います(汗)
感謝感謝ですね。

投稿: おみど | 2008年1月11日 (金) 14時20分

わお!すっごい雪だったんだね!

コラム読んで、自分の子供時代を思い出しました。
たしかに家族に守られてたなー。

当たり前のように、朝起きると部屋が暖かく
遅刻しそうになると車で送ってもらって…。

なんか、そういうことすべてを思い出させてくれる
写真と言葉でした。

いつも近況ありがとう!
ところで、霊島では大丈夫でした?

投稿: はにゅママ | 2008年1月11日 (金) 15時27分

雪なんて滅多に見ない(富士山の周辺は降りますけど)
静岡では考えられない風景です!

でも車の免許取るため石川県の合宿に行った時、
記録的な大雪だったので、教習所で雪の怖さを習いました。
除雪してないところ、轍以外のところは絶対、走らない、とか。

「雪がすき」と聞いて、正直「へ~、そうなんだ。」と思っちゃいました。
「キレイだけどタイヘン。」がワタシの感想なんです。
上手くいえないけど・・・
きっとりんごさんのご家族のさりげない愛情が
よい方向へ育んでいったのですね。

投稿: かえるのりんちゃん | 2008年1月12日 (土) 03時46分

私の実家でも、りんごさんのとこほどではないけど、雪が降ります。なので、ものすごく、いろんなことを思い出しながら、読みました。今さらながら、ホント、守られていたんですね・・・。ジーーン。
・・・あ、中学生のころ、雪の坂道を自転車で上がり、こけたことがあります(痛)

今年の帰省時にも雪が降り こども達は雪遊びができました。私は、始めは気乗りしないのですが、一度遊びだすと昔の血が騒ぎ、夢中になって遊んでしまいます・・・。
でもね、思うことが。
私が小さかったときには、もっともっと雪が降ったのよ。ここでも、温暖化を実感してしまうのです。

投稿: tokko | 2008年1月12日 (土) 07時07分

ぱちさま、
え~、札幌をこえるなんて、
(2007年の流行語をおかりして)
どんだけ~!!!
ちなみにその時、わが町では71センチの積雪でした。
ど、どんだけ~・・・(もうええって?)

ひまわりさま、
「綺麗、うっとり」します。
何度見てもどんなに寒くても。
もしわたしが、大人になって住んだら、
また感じ方が違うのかな。

おみどさま、
そう、広島なのにそこだけ隠れた豪雪地帯です。
大陸からの冷たい空気が日本海の湿気をたっぷりと運び、中国山地の高い山にぶつかって、そこらへんだけ局地的に豪雪をふらせるらしいのですが・・・。
ほんと、あきらかに自分の親よりもズボラです・・・。

はにゅママさま、
そう、当たり前と思っていたけど、自分が大人になってみたら、
すごいことだよな~と。
やっぱり・・・そっちの「霊」だったの~!?
そういう意味では、だ、大丈夫でした・・・。

かえるのりんちゃんさま、
そう、車の運転はけっこうシビアだとおもいます。
轍は、昼間の雪が溶けてぐちゃぐちゃになって、
翌日ぐちゃぐちゃになったまま凍ったときとかがすっごく危険でこわいです。
でもなんでなんだろう、すごく雪がすきなんですよね。
雪が降らないとがっかりしちゃう。

tokkoさま、
私も昔の血が騒いであそんでしまうんです。
雪のなかに後ろから倒れるのが大好きなんですが、
それを今年やったらお尻が重くて起き上がれなくて!
こどものときとは違うんだと実感(汗)

そう、温暖化で断然雪が少なくなりましたよね。
子供の頃は初雪がふって積もったら、もうそのまま3月くらいまで溶けることなく雪がいつまでもあって、だからこそ春になるのが待ち遠しく、そのぶん、春のヨロコビ度が高かったんだけどなあ。
いまでは「花粉症」の春だもんなあ・・・。

投稿: りんご | 2008年1月13日 (日) 00時17分

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